2018.04.26

【企業の人事に聞く】武田薬品工業株式会社

武田薬品工業株式会社
グローバルHR タレントアクイジション(日本)ヘッド 濟木俊行様

今回のインタビュアー
岐阜大学大学院 岡田和真さん/津田塾大学 大浦茜さん
(トビタテ!留学JAPAN 日本代表プログラム)

【企業の人事に聞く】武田薬品工業株式会社

200年以上の歴史の中で初の外国人社長を選出。その真意とは

武田薬品工業株式会社(以下タケダ)は、創業1781年、実に235年という長い歴史を持つ日本最大手の製薬メーカーですが、2014年に新社長としてフランス出身のクリストフ・ウェバー氏を招聘されました。創業以来初の外国人社長とのことですが、日本企業の中でも類を見ないこのような大改革をされたのは、やはりグローバル化を意識されてのことでしょうか。

濟木:タケダは、皆さんも十分にご承知のとおり日本にルーツを持つ会社です。しかし、製薬業界の国際的な競争が激化する中で、ビジネスのみならず人材もグローバル化しなければ世界の大手製薬企業に太刀打ちできないことは明らかです。そこで、海外から経営陣を迎えドラスティックな改革を行いました。取締役にも数名の外国人を迎えました。70か国以上にある海外拠点も、以前は日本、米国、欧州などの各拠点がそれぞれ独立運営型で経営するスタイルを採っていましたが、現在は国や地域という枠を超えて財務、製造、調達、ITといった部門がグローバルに統合しており、勤務地や国籍にとらわれず各機能のリーダーの登用が進んでいます。また、以前は海外拠点のリーダーは日本人が多い時代もありましたが、現地の商習慣や法規制度などについては現地の人のほうがよく知っていますから、現地の人をリーダーに据え、現地に根差したビジネスをしたほうが意思決定も早く効率的です。真のグローバル化とは実は究極のローカル化でもあるのです。

(写真左から、濟木様/岡田さん/大浦さん)

イノベーションなくして世界で生き残れない

大浦:タケダがグローバル化に踏み切ったきっかけはどのようなものだったのしょうか。

濟木:タケダは従来から海外に拠点を広げ、グローバル化を行いつつも、主に日本、米国、欧州の主要先進国市場で事業を行っていました。しかし、世界の製薬市場の環境がこれだけ激しく変化する中、成長が鈍化している先進国市場に留まっていてもそれ以上の成長は期待できない。成長著しい新興国市場に積極的に出て行って成長のパイを勝ち取ってくるという事業のさらなるグローバル化、そしてそれに伴う組織・人材のグローバル化・多様化によりイノベーション(革新)を起こし、この先も成長を続けていくことが必要だという強い意思のもと、新興国に強い販売基盤を有する欧州の製薬企業を2011年に買収することで、それまで30か国程度だった海外拠点を一気に70か国以上に増やしました。その結果、従業員も3分の2が外国人となりました。


また、製薬の中でもバイオ医薬品をはじめとする最先端の技術はアメリカが一歩先んじているため、多くの海外企業がアメリカに拠点を設けて医薬品の研究開発を進めていますし、優秀な人材もアメリカに集まってくる。このような中、画期的な新薬を生み出すためには、われわれもアメリカをはじめとした海外のバイオベンチャーや研究機関との提携を積極的に行い、研究開発を進めていく必要性がますます高まってきています。実際、がん領域やバイオ医薬品をはじめとしてボストンに大きな研究所を置いているほか、サンディエゴにも研究所を設け、日本の湘南研究所も含め、外部機関との提携、いわゆるオープンイノベーションを積極的に進めています。
われわれのミッションである「優れた医薬品の創出を通じて人々の健康と医療の未来に貢献する」を果たすためには、優れた医薬品を創出し続けることが大事なのであって、そのために最適な環境は何かと突き詰めると、グローバル化とオープンイノベーションに行きつく。異なる専門性を持ったさまざまな人たちが集まって、国、国籍、会社の枠を超えて連携していくことで、さらなるイノベーションが起こる。国内、そして社内だけに留まっていても突破口は開かれないのです。

欲しいのは、突出してグローバルな人材と、ローカルに精通した人材

岡田:タケダが考えるグローバル人材とはどういう人なのでしょうか。どうもお聞きしていると、海外赴任を命じられても臆することなく現地に赴くとか、現地に溶け込むといったレベルではない気がします。

濟木:そういう人材ももちろん必要です。しかし、グローバル化の最前線で必要な人材は、国とか国籍とか関係なく、バックグラウンドの異なる人たちと当たり前に仕事ができる人です。たとえばある医薬品を研究開発する場合、通常イメージするのはそのためのプロジェクトチームを立ち上げ、一つの場所にメンバーが集まって研究開発するということだと思いますが、タケダの研究開発部隊はインターネットなどのITを駆使して、世界各国にいるスペシャリストがバーチャルにコラボレーションをしています。必要なのは個々の高度な専門性であって、それさえあれば出身国も国籍も関係ない。物理的に同じ場所にいる必要もありません。そういう環境で働くことに違和感がない、また、そういう場で成長したいという意識を持った人でなければ適応することは厳しいかもしれません。
一方で、新薬が開発されて、それを世界各国で販売していくというフェーズになると、現地の商習慣、医療制度をはじめとした法規制度に長けたローカルな人材が必要になってくる。
今タケダで欲しい人材は、突出してグローバルな人材と、ローカルに精通した人材、その両極端ですね。

高い専門性のある者同士がぶつかり合うことでイノベーションが生まれる

大浦:採用にあたっては、どういう人材を求めていますか。

濟木:タケダで欲しいのは、既に述べたように両極端の人材です。その中間のニーズは、実はあまり多くありません。米国の採用担当者やマネジャー達とやりとりしていると学位をどの分野でとっているかを研究開発に限らずコーポレートなどの分野でも意識しています。日本以上にMBAやPh.D.(博士号)といった学位が条件に入っており、専門性についていかに重視しているかがわかります。
グローバル化を進めるタケダにとって、今の日本の人材市場には、当社のリーダー達が必要とする専門性とグローバル環境でのマネジメントを持ち合わせた人材が海外と比べると少ないので、幹部レベルの採用では海外からスカウトしてきているのが現状です。しかし近い将来には、社内からそういった高度な専門性を持ち、どんな国でも違和感なく働ける人材を育成していきたいと考えています。

岡田:私は研究者として留学したのですが、確かに専門性がとても重視される世界だということを実感しました。異なる専門分野を修めた人たちが、互いの専門性を出し合いながらコラボレーションをし、新しいものを生み出そうとする。平均的なレベルの人の集まりでは抜きんでたものはできなくて、専門特化した人たちをいかに集めるかが大事なのだと感じました。

濟木:そのとおりです。専門性の高い人がコラボレーションをするからこそ、仕事の深さと幅が担保される。日本企業では、長期雇用の慣行が影響してか、スペシャリストよりも、様々な職務に移すことのできるジェネラリストが求められてきた歴史があります。新入社員にはいろいろな部署をローテーションさせ、ジェネラリストとして育てるのが従来の日本式の社員教育です。しかし、それでは現在タケダが求めている専門性の高い人材は育ちません。欧米の企業では、一つの専門分野でどれだけ経験を積んだかが重視され、その実績を持って様々な企業を渡り歩いてさらに専門性を磨いていくのが一般的です。もちろんローテーションは特に経営人材に対しては早期から行いますが、それは経営人材という専門を強めるためにローテーションが育成上必要だから行うのです。
高い専門性を身につけて実績をあげた上で、次の段階で必要となるのが、文化的背景やスキルの異なる人たちを束ねてビジョンを示すことのできるリーダーシップです。専門性も持ちながら、国境を超えて活躍できるグローバルリーダーの育成はタケダの最大の関心事です。

日本式の社員育成制度では遅すぎる

大浦:そういった人材の育成はどのようにされているのですか。

濟木:さまざまなプログラムがありますが、中でもユニークなのは今年から始まった「グローバルアクセラレーター制度」です。これは世界中から選出された入社5年目から10年目の若手を社長をはじめとした経営幹部候補として育てていく制度です。40代で初めて管理職になり、50~60代で部長、取締役といったキャリアパスが従来型の日本企業の標準だと思いますが、変化の速い時代にそのような人材育成制度ではあまりに時間がかかりすぎると考えています。
現在の当社社長であるクリストフ自身も欧州の製薬大手に入社して若いうちから教育を受け、30代でフランス拠点のCEOに就任し、40代前半でアジアパシフィック拠点の責任者となっています。タケダに来て社長に就任したのはわずか47歳のときです。スタートが同じでも教育によってその人の20年後は大きく変わる。クリストフは、それをタケダでもやろうとしているのです。10年後、20年後にはタケダの人材はかなり変わってくると思います。

違いを正そうとするのではなく共通項に光を当てる

岡田:この大改革は、濟木さんご自身にはどのような影響がありましたか?

濟木:私は、このタイミングで初めて管理職となって部下を持ち、初めて外国人の上司を持つことになりました。英語力については心配していなかったのですが、いざ外国人の上司を持ってみると、英単語一つ取ってもその背景となる文化が異なるために、お互いの意思疎通が難しいことが多々ありました。たとえば日本で「リクルーター」と言うと、社内の人事部に所属する採用担当者や新卒採用時に学生の勧誘に協力してくれる社員くらいの意味ですが、欧米でのリクルーターは、アクティブに外へ出て優秀な人材を戦略的に獲得してくる専門職というイメージです。こういう違い一つとってもギャップを埋めていかなければ、仕事が円滑に進みません。また管理職としての人間関係や仕事の進め方も、これまで経験してきた日本人の上司とは全く違いました。しかし、私は今の上司のやり方が非常に合理的で学ぶことが多いと思い、私の管理職のお手本として徹底的に吸収しました。部下にも同じマネジメントスタイルで接するようにし、上司と仕事の仕方、進め方について極力共通の基盤を作ることで信頼関係を作るようにしてきました。
この経験を通して学んだのは、異なる文化を背負った人間同士、違いがあるのは当たり前で、違いに目を向けるのではなく共通点を見つけて信頼関係を作ることが大事だということです。共通項に光を当て、それをチームの基盤としていく。発想や考え方の違いはチームの幅や深さを付加する要素として捉えるべきで、無理に違いを正す必要はないと思っています。
ダイバーシティを活性化させるには、みんなの違いを認め合いながら共通項で信頼しあえる居心地のいい環境を作ることだと思います。居づらい環境では人は良いパフォーマンスを出すことができません。

大浦:私は、留学してジェンダー差別や人種差別などについて学んできましたが、違いを正そうとするから紛争や難民問題が起こるのだと実感したところだったので、濟木さんのお話はすごく腑に落ちました。違いも尊重しながら、共通項を見つけていくことが大事だということ、日本から世界に出て行くことができる人材を育てることの重要性について、大変共感しました。

濟木:現在、タケダ・エグゼクティブ・チームと呼ばれるタケダの経営執行メンバー15人のうち日本人は4人だけです。様々な国の人が集まって、様々な発想でタケダを変えていこうとしています。今はグローバルなビジネス経験のある人材を外部からスカウトしてきて、ダイバーシティを原動力にイノベーションを起こさせようとしていますが、理想はそういう人材が社内からどんどん生まれ、真にグローバルな人材の輩出企業となることです。そのために、20代の若手のうちから教育しようとしているのです。
これからの時代は、みなさんのように若いうちに世界に飛び出し、世界を見てきた人たちの肩にかかっていると思いますので、ぜひグローバルな舞台で活躍してほしいと思います。

インタビュアー紹介(トビタテ!日本代表生)

氏名:岡田和真
大学・学部:岐阜大学大学院連合獣医学研究科
渡航先:オーストラリア
留学先:The University of Melbourne
留学期間:2014年9月~2015年3月
留学先で学んだテーマ:分子生物学の手法
取材後記:製薬企業の内部の話を直接聞くことができる今回の企画に興味を持ったので参加させていただきました。今回の取材は、如何に製薬に携わる企業が本当の意味でのグローバル化を追求しているのか知ることができた貴重な体験でした。巷で流行りのグローバリズムと本物との違いは、留学中にも疑問を感じていました。そのような自分自身が感じていた「何となく」グローバリズムの違和感を、分かりやすく理解させていただくことができました。貴重な経験を提供していただき、ありがとうございました。

氏名:大浦茜
大学・学部:津田塾大学学芸学部
渡航先:カナダ
留学先:University of Prince Edward Island
留学期間:2015年9月~2016年4月
留学先で学んだテーマ:多様性と社会正義研究、文化人類学
取材後記:多様なバックグラウンドを持った人々が、いかにお互いを認め合い、成長していくのかということに興味があったので、参加させていただきました。現在の社長が海外からいらっしゃった時の社内の変化や、グローバルリーダーを育てるための社内教育制度など、変化に対応し、さらなる成長を追い求めておられる姿勢が大変印象的でした。グローバルに活躍するためには専門性も大切というお話を伺い、これからも学び続けて専門を極めたいと思いました。